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乳がん術後 温泉行こっ!

「自然な」入浴着 貸し切りツアー 集団入浴
 乳がんの手術後も、傷跡を気にせず、温泉に入りたい。そんな女性たちの思いを受け止める取り組みが、少しずつ広がっている。手術跡が見えない「入浴着」のまま湯船につかる、患者同士で温泉を借り切る、一般利用者に交じって患者が一斉に大浴場に入る……。秋の旅行シーズン。全国で様々な動きが出ている。



 「ほら、自然な感じでしょう」。東京都練馬区の加藤ひとみさん(52)と、長野県上田市に住む姉の小林光恵さん(56)は、松本市内の温泉につかりながら、自分たちで開発した入浴着を見せてくれた。

 加藤さんは、1997年に乳がんで右乳房の全摘出手術を受け、好きな温泉に入るのを躊躇(ちゅうちょ)するようになった。子宮がんを経験した小林さんと、99年、乳がん患者用の下着メーカー「ブライトアイズ」を設立。患者仲間から「ブラジャーをつけたまま、お風呂に入れたらいいのにね」と言われたのを機に、同年、メッシュ生地で胸を包む入浴着を開発した。

 こだわりは、「最初から最後まで、傷跡を見せずに済むスタイル」。加藤さんによると、温泉でまず気になるのは、脱衣所で服を脱いだ瞬間の周囲の目。入浴着は、入浴後にタオルでふくとすぐに乾き、そのまま服を着られるようにした。

 加藤さん自身、以前は、深夜など人気のない時間帯を選び、タオルで傷跡を隠して背中も丸め、素早く湯船から上がっていた。入浴着を着けるようになり、「背筋が自然と伸び、大浴場の真ん中でお湯を楽しめるようになった。この感激は手放せない」と言う。

 入浴着は、着けたまませっけんで体を洗っても湯で流せば泡が取れる。信州大工学部の分析でもせっけんの成分がほとんど残らないことが確認されたため、長野県が2000年、公衆浴場での着用を認めるよう各保健所に通知。今年2月には、一般利用者の理解を求めるポスター1万枚を作り、県内の温泉などに配布した。全国旅館生活衛生同業組合連合会(約2万3000軒)でも、この入浴着を紹介している。

 これまでに約8000枚(1着4200円)が売れ、「今週の温泉行きに間に合いました」「孫と一緒に入れます」といった、うれしい声が届く。



 一方、乳がんの手術体験者対象の貸し切り温泉ツアーを企画したのは、福岡市の乳腺外科医、高木博美さん(46)。「温泉に入りたいけど入れない」という患者らの声を受け、今春、旅行会社に掛け合い、自身が添乗員となって、参加者の相談などに乗るツアーを実現させた。11月にも、大分や熊本の温泉地へのツアーを予定する。

 高木さんは「手術を終えて元気になったのに、好きな温泉に入れないのは、しのびない。同じ思いを抱えた仲間で安心してお湯につかり、心身ともにリラックスしてもらえれば医師としてもうれしい」と話す。



 「本当は、一般の人と同じ空間で温泉を楽しめる社会であってほしい」

 そう訴えるのは、乳がん手術の体験者でもある評論家の俵萠子さん(75)。01年に「1・2の3で温泉に入る会」(約350人)を結成し、がん体験者の女性たちが集団で、各地の温泉の大浴場に入る試みを続けている。今月末には、山形県の温泉で全国大会を開く。

 仲間と一緒でも、見知らぬ一般利用者に手術跡を見せるのは勇気が要る。俵さんは「人目を気にする弱い自分と、がん患者を特別扱いする社会の壁の両方を打ち破りたい。そんな気持ちを込め、活動を続けたい」と語る。

(2006年10月21日 読売新聞)

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